コラム
成年後見人による相続放棄の注意点
2022.03.18
成年後見人による相続放棄の注意点
船橋習志野台法律事務所の弁護士の中村です。
家庭裁判所の手続きの中で増加傾向が顕著なのが、相続放棄と成年後見開始の申立です。そのため、既に成年後見人になっている方からご本人(被後見人)の相続放棄をしたいという相談が増えています。
それに加えて、家族全員でそろって相続放棄をしたいが、一人が認知症のためどうすればよいか、後見申立をした方がよいか、という相談もあります。
そこで、本記事では成年後見制度を利用した相続放棄の注意点を解説します。
目次
既に成年後見人が選ばれている場合の相続放棄
例えば、統合失調症の子どもの成年後見人となっている親が、大分前に離婚した元配偶者が死亡した場合に、相続人である子どもに代わって成年後見人が相続放棄の手続きを進めることができます。
成年後見人は、本人である被後見人に代わってあらゆる法律上の手続きを代理する権限があるので、原則として、家庭裁判所の許可を得ることなく、相続放棄の手続を本人(被後見人)のために申し立てることができます。
当然、本人から委任状をもらう必要はなく、申立書には成年後見人の印鑑を押印することになります。
ただし、以下の点に注意が必要です。
本人の利益を害する相続放棄はのちに責任追及をされる可能性がある
裁判所への報告の際に責任追及される場合
被相続人に十分な遺産があるのに、成年後見人が遺産分割の話し合いに関わるのが面倒で、相続放棄をしてしまった場合、のちに、責任追及をされる可能性があります。具体的には年に1回の成年後見人の家庭裁判所への定期報告の際、相続放棄をしたことを報告する必要があります。
その際、被相続人の遺産の概要についても報告を求められる可能性が高いです。そこで、遺産が十分あるのに相続放棄をしたとなると、成年後見人として不適格とみなされて解任される可能性があります。
そして、解任されて新しい成年後見人が就任すると、解任された成年後見人に対して新しい成年後見人が、相続放棄をしなければ得られたであろう遺産を損害賠償として請求してくる可能性が高いです。
裁判所に報告していないのに責任追及される場合
相続放棄をしたことを家庭裁判所に報告しなくても、分かってしまう可能性があります。
まず、相続放棄の管轄も家庭裁判所なので、裁判所の調査によって発覚するかもしれません。
また、被後見人が死亡した際に終了の報告を家庭裁判所へすることになり、その際、被後見人自身の除籍謄本を提出します。その戸籍に被相続人となる親の死亡の記載があれば、その相続の際の遺産分割がどうなっているのか報告を求められ、結局、相続放棄をしたことの報告を免れることができません。
被後見人と成年後見人の利害が対立する時は相続放棄できない
例えば、認知症になっている被後見人の夫が亡くなって、被後見人とその子が相続人となる場合、その子が成年後見人になっていると、被後見人について相続放棄ができません。これを認めてしまうと、被後見人の相続分を0にして、成年後見人が遺産を独り占めすることができてしまうからです。
たとえ、被相続人の借金が多額で遺産が残っていないことが明らかであっても、成年後見人が被後見人に代わって相続放棄をすることはできません。
どうしても相続放棄をしたい場合には、特別代理人の選任を家庭裁判所に申立てましょう。そして、特別代理人が選任されてからその特別代理人が被後見人に代わって相続放棄をすることになります。
特別代理人は弁護士、司法書士の専門家であることが必須ではなく、相続人ではない親族(被後見人の兄弟姉妹や被相続人の兄弟姉妹など)に特別代理人になってもらうこともできます。
まだ成年後見人が選ばれていない場合の相続放棄
成年後見人の選任が必要な場合の選任方法
例えば父親が亡くなって兄弟3人が全員で相続放棄をしたい場合に、その相続人である兄弟のうちの一人が認知症だとします。その場合、認知症の兄弟に対して後見開始の審判を申し立てることが考えられます。相続放棄は、法律上の手続きであって判断能力がない人が自ら行うことができない手続きです。
そのため、成年後見人を選任したうえで、選任された成年後見人が相続放棄の申立をするのが無難です。その際、兄弟の誰かが成年後見人になると、さきほどの説明のように相続の当事者同士になるので、さらに特別代理人の選任も必要になります。
それが面倒なら、相続人以外の親族を最初から成年後見人に選任する方法もあります。しかし、成年後見人は、本人となる被後見人の生涯にわたって財産を管理するので、特別代理人の選任が面倒というだけで、肉親でない人を後見人に選任するのは好ましくありません。誰を成年後見人にすべきかは慎重に考える必要があります。
成年後見人の選任が必要ない場合もある
また、認知症といっても判断能力の低下が進んでいなければ、成年後見人の選任は必要ないこともあります。
例えば、被相続人が亡くなる大分前から被相続人の借金が多いことが共同相続人の間で共通認識となっている場合。被相続人死亡のタイミングでたまたま相続人が認知症になってしまった相続人がいたとしても、そのまま本人が相続放棄ができます。
自分で氏名、住所、生年月日が書けて、亡くなった人の借金を引き継がないとの認識があれば、あえて、成年後見人を選任する必要はないのかもしれません。
【まとめ】成年後見制度に対する十分な理解が必要
相続放棄は、借金を引き継がない点はメリットですが、遺産があった場合はそれを受け取れなくなるデメリットがあります。
成年後見人が本人に代わって相続放棄をする時は、相続放棄が本人の利益になるか十分に検討する必要があります。自分が楽をしたいからといって、安易に被後見人の相続放棄をすべきではありません。
また、これから成年後見人を選任して相続放棄をする場合は、相続放棄のためだけでなく、本人の財産管理を続けるという視点が欠かせません。
いずれの場合も成年後見制度に対する十分な理解が必要です。